おきなわ通!人気商品!
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5月末日までに、カンカラ三線手作りキット
20セット以上ご注文の団体様へ
CD+工工四(楽譜)を1セットサービスいたします!!
先着20組様へ、もう一つ得点ありです。
お急ぎ下さい。
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カンカラ三線製作動画も見れます。
20セットは多すぎる・・っとおしゃるあなた!
カンカラ三線キット 5セットより
「団体割引価格」にて年中販売しております。
イベントや、グループなどでお使い下さい。
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「三線とかんから三線」について下記つづきから
三線とかんからさんしん
沖縄が琉球王国時代、琉球は中国と交易を交わし、中国文化にかなり影響を受け
そのころ中国からいろんな民族楽器が入ってきた、その時の三弦楽器が今の三線
に少しずつ変わったのである。三弦のルーツは今から3〜4千年前にエジプトに始ま
り、アラビア、ペルシャを経てインドに入り琵琶となり、一方スペインから欧州に入っ
た三弦は今のバイオリン、マンドリン、ギターに変わっていった。唐においては、胴
に蛇皮を張った三弦が中流以上の家庭で流行したのち、今から約580年前の察度
王時代、琉球に支那を経て入り北上して日本の三味線となり、ほとんど伴奏楽器だっ
た三線、三味線は津軽においてはリード楽器となった。ところでかんからさんしんは、
戦前(第二次世界大戦前)沖縄では、こどもたちがクバ(ヤシ科)の葉の堅いところを
棹に使い胴の部分を空き缶、弦を麻の皮の繊維をひねって作り、遊んだのが始まり
で音はあまり出なかったそうです。それから沖縄では、戦争でいろんな物を失った
が今の金武町屋喜の捕虜収容所において棹は、米軍の野戦用ベットの廃材と胴の
部分は、米軍支給の空き缶、弦はパラシュ−トの紐や、電話線を使い戦前のカンカラ
三線がよみがえったのである、音楽の原点は、まさに楽しむことだと思う、当時の収容
所の映像を観た時には、まさに生きる、楽しむ原点を観ました、太鼓はジープの燃料
タンクを叩き、カンカラサンシンを弾いて唄っている様子を見て、とても捕虜収容所の中
には見えませんでした。
それが、平和の楽器「カンカラ三線」なのです。
三線工房 まちだ屋
沖縄が琉球王国時代、琉球は中国と交易を交わし、中国文化にかなり影響を受け
そのころ中国からいろんな民族楽器が入ってきた、その時の三弦楽器が今の三線
に少しずつ変わったのである。三弦のルーツは今から3〜4千年前にエジプトに始ま
り、アラビア、ペルシャを経てインドに入り琵琶となり、一方スペインから欧州に入っ
た三弦は今のバイオリン、マンドリン、ギターに変わっていった。唐においては、胴
に蛇皮を張った三弦が中流以上の家庭で流行したのち、今から約580年前の察度
王時代、琉球に支那を経て入り北上して日本の三味線となり、ほとんど伴奏楽器だっ
た三線、三味線は津軽においてはリード楽器となった。ところでかんからさんしんは、
戦前(第二次世界大戦前)沖縄では、こどもたちがクバ(ヤシ科)の葉の堅いところを
棹に使い胴の部分を空き缶、弦を麻の皮の繊維をひねって作り、遊んだのが始まり
で音はあまり出なかったそうです。それから沖縄では、戦争でいろんな物を失った
が今の金武町屋喜の捕虜収容所において棹は、米軍の野戦用ベットの廃材と胴の
部分は、米軍支給の空き缶、弦はパラシュ−トの紐や、電話線を使い戦前のカンカラ
三線がよみがえったのである、音楽の原点は、まさに楽しむことだと思う、当時の収容
所の映像を観た時には、まさに生きる、楽しむ原点を観ました、太鼓はジープの燃料
タンクを叩き、カンカラサンシンを弾いて唄っている様子を見て、とても捕虜収容所の中
には見えませんでした。
それが、平和の楽器「カンカラ三線」なのです。
三線工房 まちだ屋
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